昔お釈迦様の十大弟子の一人で
神通力に優れ ていた と いわれています。
目蓮尊者が神通力で亡くなった母親を神通力で探します 。
そうするとどうした ことか、仏の十大弟子の母親ですが、なんと餓鬼道に落ち逆さ吊りにされ 、飢えに苦しむ姿を見つけます 。
餓鬼の世界とは
常に飢えと渇きに苦しむ
どんなに食べ物や水を求めても、満たされることがない
食べ物が目の前に現れても、炎に変わり、腐ったりし口にできない
見た目は痩せ細った身体に対して大きなお腹を持ち、喉が細くてものを飲み込めない
欲に囚われた存在
生前の貪欲さ自分だけが得をする心等でこの世界に落ちると…
目蓮尊者はそんな母親に供物を捧げたが、母の目の前で炎になり口にできなかった
そこでお釈迦様にどうしたら母親を救うことができますかと相談します。
するとお釈迦様は
三ヵ月間の雨季の修行(雨安居・うあんご)の終る七月十五日修行で身心ともに清浄となった修行僧たちに美味な食べ物を供養すれば、
その供養の力によって母親を救うことができることを教えられ、その言葉通りに供養したところ、母親を餓鬼の苦しみから救うことができました
これがお盆の由来となります。
餓鬼の世界から救われたということで、施餓鬼法要と混同されがちですが、それはまた別のお話です。
お盆でこれ から僧侶がご自宅にお伺いする時期ですが 、今もきゅうりとなすがお供えしているお宅も多々あります 。
きゅうりは早馬にみたて、ご先祖様が少しでも早く自宅に帰って来られるよう願いを込めて
なすは、ゆっくり歩く牛にみたて、ゆっくり帰ってもらえるように
さらに牛は荷物を運ぶ 動物 でしたので、供物の荷物を沢山持ち帰れるようにという意味も込められています 。
私達は今をたまたま生きている訳ではありません。
ご先祖様が命を繋いできたからこそ存在します。
お盆には先祖へ感謝の気持ちも込め、お参りをし、今の自分の命を大切に生きていきましょう。


